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『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』



三部作読了。

第三の嘘

双子が別れるところで『悪童日記』
が終わり、
えーっ!となって、その続きが読めるものだと思い『ふたりの証拠』を手に取ると、

肩透かしを食らう。

悪童日記を読んでいるときから、実は双子は、双子ではなくて、一人ではないのか?との疑問が浮かんでいて。

的中かと思いきや、『ふたりの証拠』で二人の名が明かされる。リュカとクラウス。

時系列はバラバラ。虚構なのか現実なのか?日記はすべて嘘なのか?リュカとクラウスは同一人物なのか?

頭の中のこんがらがり方がはんぱない。笑

だからこそ余計にその先が、何が本当なのかが知りたくて、『第三の嘘』を手に取る。

いったい何が?どれが?現実なのだろう?


人は、耐えられない現実に直面したとき、現実逃避をする。

別の人格を作り出したり、物語を作ったりしてそこへ逃げ込む。

でもこの小説は、解離性同一障害の話ではない。


第三の嘘で明かされる現実。

強烈な孤独と執着。

愛を求めて求めて、それが得られないことはこんなにも孤独なのか。

「列車、いい考えだな。」 で終わる衝撃のラスト。

こんな結末、悲しすぎる。

絶望的なのに、どこかホッとしている自分がいて…。

ふと思い出したのが、中村文則さんがどこかで書いてた言葉。

「絶望的なものを把握しようとすることは、 それだけで希望に繋がる…。」

納得。




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2014.10.23 Thu l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲

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