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第2次世界大戦末期、双子の「僕ら」は、小さな町の祖母の農園に疎開する。 粗野で不潔で、人々に「魔女」と呼ばれる老婆の下、過酷な日々が始まった。 双子は、生きるための労働を覚え、聖書と辞書だけで学び、様々な“練習”を自らに課すことで肉体と精神を鍛えていく。 そして、目に映った真実だけを克明にノートに記す―


現在公開中の映画 『悪童日記』。

なにやら、原作がすごいらしい!とのことなので、読んでみた。

ほんまに!期待を裏切らない凄い小説やった。


この本のすごいところって、「目に映った真実だけを克明にノートに記す―」と書かれてあるように、

真実だけを克明にノートに記す「作文」という形で表現される技法。

具体的には、こんな風に作中に登場する。

「ぼくらの学習」と題された章の一節。

・・・

作文の内容は真実でなければならない。というルール。

ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなくてはならない。

例えば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。

しかし、「おばあちゃんは魔女と呼ばれている」と書くことは、許されている。

同じように、もしぼくらが「従卒は親切だ」と書けば、それは一個の真実ではない。

というのは、もしかすると従卒に、知らない意地悪な面があるかも知れないからだ。

だから単純に、「従卒はぼくらに毛布をくれる」と書く。

・・・

ぼくらの書いた作文の集積が、『悪童日記』なので。

このルールが、作者自身というということになる。

なんといったらいいのかなぁ。

なんかね、いろんなものがものすごーく削ぎ落とされた感じ。

心理的な説明や、思い入れや価値判断や解釈をいっさいしない。

以前、町田康の『告白』という小説の感想を書いたことがあるけれど、

あの対極にあるといえるかも。

そして、クリエイティブな仕事をしている人には、ものすごい影響を与えている作品なんやろうな、と思った。

読んどかなあかんやろー!て思うくらい。

全体の印象は、

『恐るべき子どもたち』に、バタイユのエログロ要素が入った感じ。

だからね、映画化ってどうなんやろー?と思った。(実際に映画化は不可能と言われていたらしい。)

映画観るなら、別物‼︎と認識しておく必要ありそうです。


ところで、もう一つ。

『ツイン・ピークス』が復活する‼︎らしいですね。

当時、相当ハマって見ていたドラマですが。

クーパー捜査官。

今はもう、、、ブリーの夫、オーソンにしか見えないんですが、(^_^;)

どうしましょ?笑




*『悪童日記』は、『ふたりの証拠』『第三の嘘』との三部作。

悪童読んじゃったら、ここで止めることは不可能。

他にやらなあかんことあるんですけど、、(^^; しばし読みふけります。笑
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2014.10.07 Tue l お料理・その他 l COM(2) TB(0) l top ▲

コメント

No title
この前、映画を見に行ったときに、その映画の予告を見たわ。予告だけでは全体については何とも言えないんですけど、これを演じた子どもたち、心に傷を負わないかと、そういうところを心配してしまうような、重苦痛暗(おもくるいたくら)い印象を受けました。
2014.10.08 Wed l 豆. URL l 編集
Re: 豆ちゃん
> 重苦痛暗(おもくるいたくら)い印象
これすごい表現。笑
でも、映像化したらこんな感じになるのかも。
すごく重いテーマやし、苦しいし痛いし暗いんやけど、
双子の生き方に感動させられるのは、このルールある作文という表現やからやと思うねん。
映画、DVD出たら見てみよっかな。

2014.10.09 Thu l keropaki. URL l 編集

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