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平野啓一郎『決壊』読了。



読了後も後味の悪い、しんどい一冊やった。

途中、秋葉原の事件の「加藤智大被告の弟自殺」のことを思い出し、
ググったりしながら(興味ある方は→)http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39034
小説と現実の事件をいったりきたり、被害者遺族、加害者家族を想像し、

唯一、感情移入出来るとしたら、被害者良介の妻が、
子どものために前向きに生きようとする姿かな、と考えながら読んでいた。

***
余談ですが。
加藤智大の弟の言葉
 「突きつめれば、人を殺すか自殺するか、どっちかしかないと思うことがある」

なぜ、兄の犯罪を見てなおそう思うのか?
どうしても理解できない。
そして、理解できないから興味を持ってしまう。
***


いつもそうなんだけど、私の視点は、「母親」へいってしまう。

昨今、被害者遺族への支援については語られるようになってきたけれど、
加害者家族については、まだ聞こえてこない。

秋葉原の事件では、加害者が母親に虐待を受けて育ったことが、話題になっていましたが、

この小説の中で殺人を犯す中学生の母親の愛情も歪んでいる。

どうにも歪んでいるんだけれど、

当人は、歪んでいるとこれっぽっちも思っていないから、とても難しい。

凶悪な事件が起こると、必ず加害者の生い立ちが取りだたされ、
その育ちの異常さに触れることになる。

でも、だからといって、同じ境遇のひとが、みんな人を殺すのか、というと、当たり前だけど、普通はしない。

その境目はどこなんだろうと考える。。

一つの殺人が起こると、これほどまでに、まわりの人たちの暮らしを破壊するのだ、ということを想像しなくてはならない。

まさに、小説の役割ってそこなんだろう。

平野啓一郎、しばらくハマりそう。

次、『ドーン』いきます。
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2014.07.13 Sun l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲

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