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『夏目漱石のこころ』のあと、続けて、この『こころ』をモチーフに描かれたという

姜尚中さんの『心』を読みました。

bks13042810170010-p3.jpg

下記のリンクに、カンさんのインタビュー記事があるので、そこから一部抜粋。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130428/bks13042810170010-n1.htm

≪自らの喪失体験を 悩める若者に向けた物語≫

 先生、人間はほんとに死ぬのですね-。
突然目の前に現れた青年。彼は問いかける。
死とは、そして生の意味とは-。

 政治学者として活躍する姜尚中さん(62)の最新刊『心』は、
学生と大学教授との往復書簡を通じ、2人の魂の交流を描いた長編小説だ。
自身の喪失体験を、全ての悩める若者に向けた“物語”へと昇華させた。

 直広。
親友を亡くして悩み、
大学教授に手紙とメールで相談を持ちかける青年の名だ。
そして、2009年に25歳で亡くなった長男の名でもある。
神経の病に苦しみ、引きこもりを続けた末の死だった。

 「どうして人は生きるのか」。
長男の死後も、投げかけられた問いを抱え続けてきた。
「『続・悩む力』などの著書でも書いてきたけれど、
いつか息子の死を『物語』として伝えなければ、と思っていた。
それも、『メルヘン』として書きたかった」

今、サンテグジュペリ『星の王子さま』の各国語訳を集めている。
砂漠に不時着した操縦士が、小惑星からやってきたという不思議な少年と対話する物語だ。
「これは、死者の霊を弔う『野辺送り』をした人の物語なんじゃないかと思うんです。
たぶん息子も、あまり住みたくない地球という星にたまたま落っこちてしまったんじゃないか。
そして、自分の本来の星に帰りたかったんじゃないか。
そう考えると、亡くなった人への作者のオマージュにも思えてくるんです。
本当は悲しい物語なんじゃないか」

 物語、メルヘンだからこそ多くの人に届き、時代を超えて読み継がれていくことができる。
「息子自身になってその苦しみを感じたい」との願いは現実ではかなわなかったが、
フィクションの中でならもう一度長男として生きることができる。
長男の苦しみをなぞるとともに、かつての自分自身や、実際に出会った青年も重ね合わせ、
複合的なキャラクターとして直広を描いた。

「喪失というのは私的世界だけれど、物語にすることによって、普遍的なものになった。
不幸になった分だけ、不幸な人に何かを与えることができるんじゃないのかな」

フィクション性の強い小説はこれが初めて。自分のたどり着くべき所に行き着いた気分だという。
「今、政治に興味が持てなくなっているんです。
僕が政治学者としてやってきたのは、何かを批評し、裁くこと。息子もそういう僕が嫌いだったんでしょう。
裁いてはいけない。
僕のこれからの方向は、受け入れていくことにあるという気がしている」

 生の中に死があり、死の中に生がある。それは『永遠』にも通じていく-。
「20代の時には思ってもみなかった経験を経て、
『永遠』というものがひょっとしたらあるんじゃないかと感じている。
みんな平静な顔をしているけれど、心の中にはつらいものを秘めている。
この本は回答ではないけれど、『受け入れる力』を示してはいる。
できるだけ多くの若い人に、この本を託したいですね」

 生きとし生けるもの、末永く元気で-。長男・直広さんの残した最後の言葉だ。
物語としてよみがえり、喪失を照らす光となる。


・・・・・

「喪失というのは私的世界だけれど、物語にすることによって、普遍的なものになった。
不幸になった分だけ、不幸な人に何かを与えることができるんじゃないのかな」

本当にその通りだと思った。

この小説を読みながら、あらためて物語の役割・必要性というものを感じたし、

苦しみの渦中にいるものには、苦しんだ人の言葉しか届かないということも。

フィクションとしてよみがえった直広さんが、これからたくさんの人を救うのだと思います。

「裁くのではなく、受け入れること」

私もこの姿勢で生きていきたいと思っています。


夏目漱石と姜尚中のこころを読んで、ふと思ったのは、

先生と私。姜先生と直広くん。

鎌倉で出会った先生に惹かれた私と、先生のサイン会でダメもとで強引に手紙を渡した直広くん。

先生との出会いからはじまる、こころ・心。

人生において、いったいどれだけの人が「先生」に出会えているのだろう?

「先生」に出会えるということほど、幸せなことはないのかもしれない、と思った。


かくいう私が、その幸せな人間のひとりだから。

私と「先生」との出会いは、ゆうちゃんがまだ4歳くらいだった頃。

自閉症・発達障害・発達心理学・感覚統合・療育・ことばの発達 などなど、

いろんな本を片っ端から読んでも、どれもなんだか納得がいかなかったあの頃。

本を読んで興味を持った著者の講演会へ出かけたりしても、わからないことだらけで。

どの方向を向いて進んでいけばよいのか?必死にもがいていた時期だったと思う。

そんなとき、友人に誘われて出かけた講座で、先生が講師としてこられていたのです。

「障害のある子どもをどう理解するか?」たぶん、こんなタイトルだったと思う。

そこで聴いた話は、これまで読んだ聴いたものどれとも違っていて。

先生の言葉は、信じられないくらい私の中にストンと入ってきたのです。

ただ、先生の講義は2コマで、たった二日間だけの講義でした。

どうしても、もっと話が聞きたい。そして、私の話を聞いてほしい。

そう思った私は、最終の講義のあと、少しでもお話しができないものかと、

帰り支度をされている先生のところへと向かいました。

するとどうでしょう。

どうやら私と同じ考えの人が、他にもたくさんいらっしゃって。

先生のところには、すでに列ができてしまいました。

私が並んだのが、7人目くらいだったかな。

一人ひとり言葉を交わし質問に答える先生でしたが、次の予定が迫っておられ、

「申し訳ないが、ここで終わらせてもらいます。」と、私の二人ほど前で帰られてしまったのです!

ど、どうしよう…。と一瞬焦った私でしたが、

ここで先生と話さなかったら一生後悔する!と思い、そのまま先生を追いかけたのです。

実はそのあと、もう1コマ別の先生の講義が残っていたのですが、

一緒にいた友人に、「ごめん、次の講義サボる!」といい残し(笑)

先生を追いかけて、厚かましくも先生と一緒に電車に乗り込み!

環状線の電車の中でお話しをさせてもらったのです。

私の話を聞いてくださった先生は、

「今日は時間がないのでココに連絡を下さい。」と名刺を下さり、

帰宅した私は、さっそく先生にお手紙を出し、大学の研究室に来てみませんか?とのお誘いを頂いたのです。


今になって思い出すと、

ようあんなことやったよなぁ~。と、自分の行動力に驚きます。

こうして書くと、なんだかドラマチックに思われるかもしれませんが、

そのときは本当に必死で、藁をもつかむ思いだったのです。

あれほど何かを必死になって求めたことは、はじめてでしたから。

若い頃の私を知る人は、きっと驚くと思います。笑

あの時の切羽詰った、必死だった私の「真面目さ」が、

先生に伝わったのかもしれないな、と『心』を読みながら感じたのでした。


物語の中の直広くんと同じように、

あのとき、ダメもとであきらめなかった私が、今の私を作ってくれています。

あらためて、先生との出会いに感謝したいです。
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2013.05.09 Thu l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲

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