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嵐のような3月が過ぎ、日常生活が戻ってきました。

そして、今日は始業式。

高校三年生。学校生活最後の一年が、これから始まります。

今日は、支援学校入学からずっと関わってくださっている先生と、

今学年の訪問担当してくださる先生とが来訪してくださいました。


個展以降、すこぶる調子の良いゆうちゃん!

あれほど困っていた夜型生活でしたが、個展以降、早寝早起きモードに!

自ら「おふとん」と言って、布団を持ってくるゆうちゃんにビックリしています。

やはり、変わるときは変わるんですね。

必死になってもがいてもダメなときはダメで、待つことって本当に大事やな、って思います。

とはいえ、ただ何もしないで待つだけでは、何も変わらない。

前に読んだ、リトル ターン(ブルック・ニューマン/五木寛之:訳)

というお話にあるのだけれど、


「ただ待って時間を無駄にすることと、待ちながらじっくり学ぶことの違いを発見せよ」


まさに、これなんだと思う。

五木寛之さんの著書「自力と他力」の中にも書かれているのですが、


「エンジンのないヨットは、風が吹かなければ動きません。

逆風であれ、順風であれ、まったくの無風状態では帆走することは不可能です。

他力という風が吹いてこない限り、ヨットは自力で走ることは出来ないのです。

しかし、ただひたすら風だけを当てにしてぼんやりしているだけでもダメでしょう。

いつかは、風が吹くと信じて、そのチャンスを逃がさないようにしっかり見張っている必要があるのです。

せっかく風が吹いてきても、帆をおろして居眠りしていたのでは意味がないのですから。

とはいえ、走らせようと気持ちだけあせって、手で水をかき回しても、ヨットは前に進まないでしょう」


「待つ」って、ただ待つだけの何もしないこととは違うんです。

ゆうちゃんの行動を「待ってやってほしい」と、お願いすると、

「待ってるだけじゃダメですよ。」とおっしゃられる方が時々います。

でもね、待つって、何もしないこととは違うんです。


日常生活でのゆうちゃんの変化を見逃さないようにして、

押すべきところと引くべきところ、そして、待ってあげるところ。

それらを見極めていくことが大事なんだと、改めて感じるのです。

日常生活を大切に過ごす、ってそういうことなんじゃないかな、って。


また、待つことの大切さは、今回の個展にも繋がったことではないかなと思っています。

「いつかは風が吹くと信じて、そのチャンスを逃がさないようにしっかり見張っている必要がある。」

今回、まさに、他力という風が吹き、ビッグウェーブにのせてもらったわけなのですが、

ただボーっと待っていただけでは、きっとこのウェーブには乗れなかったはず。

苦しかったことや、悔しかったこと。

楽しかったことや、嬉しかったこと。

これまでの出会いやご縁や人との繋がり。

その一つ一つのどれが欠けても実現し得なかったものだと思います。

これまでの何ひとつとして無駄なものはなかったのだと。


刺激的でワクワクする非日常は終わっちゃったけど、日常はやっぱりホッとします。

この調子で、学校生活最後の一年を大切に過ごしていきたいな!と思います。
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2013.04.08 Mon l 今日のゆうちゃん l COM(0) TB(0) l top ▲

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