上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
419ERDG887L__SL160_.jpg

人生を変える!「心のブレーキ」の外し方(石井裕之著)を読みました。



いわゆる自己啓発本。

この手の本って、「胡散臭さ」を先入観として持っているので(笑)

ほとんど読まないのですが、

今回は、「とても影響を受けたので、ぜひ読んで感想を聞かせてほしい!」

とお願いされたので(笑)読んでみることにしました。

で、読んだ感想は・・・?



やっぱり 胡散臭い(笑)



いや、べつに悪いことを言ってはるわけではないんです。

ただ単に、「心のブレーキの外し方」とか、「潜在意識の現状メカニズム」とかいう、

ちょっと目新しい言葉を使っているだけの話で。

特別なことを言っておられるわけではないなぁ、と私は感じました。


この本でおっしゃられていることは、

「心のブレーキ」とは、誰もが心の奥底に持つ「潜在意識の現状メカニズム」のこと。

潜在意識とは、常に「現状を維持しようとする」メカニズムが働く。

身体が、急激な気温の変化から自分を守るためにできるだけ体温を一定に保とうとするように、

潜在意識も、急激な環境の変化から自分を守ろうと、できるだけ現状を維持しようとする。



例えば、

「マリッジ・ブルー」はなぜ起こるのか?

それは、愛する人と結婚する直前になって、

「本当にこれでいいのかしら?」などと迷いがでてくる。

結婚するならこの人以外にないと思って付き合っていたのに、

準備がととのって、いざ結婚が現実に近づいてくると

「間違った選択をしたんじゃないか?」と気分が落ち込んでくる。

これも潜在意識の現状維持メカニズムが作用していると考えれば、納得できる。

独身のあなたの潜在意識は、できるだけ独身を維持しようと導いているのです。


(うーん、マリッジブルーの理由ってそれだけだとは思えませんけどね^^;)


誰もが前向きに前進したいと思っている。

少しでも成長したいと願っている。

それにもかかわらず、心にストップがかかってしまうのは、

こんな風に潜在意識が現状を維持しようとするから。



では、その潜在意識をどうやって変えていけば良いのか?


(うん、そこんとこを知りたいですよね!)


それは、「潜在意識を、新しい自分に徐々に慣らしていけばいい」

(のだそうです?)


止まっている車はできるだけ止まっていようとします。

だから、最初に車を動かすときには大きなエネルギーが必要になります。

ローギアに入れて、ゆっくりと車を動かす必要があります。

しかし、いったん動きはじめて加速がつくと、今度は止めることのほうが大変です。

「最初の一歩にこそ、一番大きなエネルギーが必要なのだ」

という事実の重要さに気づくことが、潜在意識を変えることに繋がる。ということです。



なんだか、わかったようなわからないような?感じだと思ったのですが、

ふと、自分のマラソンのことを照らし合わせてみると、

まさに、自分自身が実践してきたことではないか?と、感じたのです。



「フルマラソンを走る」ということを誰かに話をすると、

すごく驚かれたり感心されたり尊敬されたり(笑)するんですけど、

今では、大したことをしている感覚は無く、

ライフスタイルの一部となってしまっているから、止めることの方が難しいわけです。


私が最初に走りはじめたのは、ゆうちゃんを学校へ送った帰り道のほんの2~3kmのこと。

フルマラソンを走る!なんてのは、あり得ないこと、だったのです。

この本に書いてあるように、

最初の小さなほんの一歩の中に、目標実現の種があった、わけなんですよね。


ふむふむ…。と、こんな風に自分自身のことと照らし合わせながら読みすすめていくと、

「過去は変えられる!」というフレーズが出てきました。


潜在意識の世界には、時間というものがない。

だから、過去は変えられる!のです。

過去も、未来も、“今、この瞬間”のあなたによって変えることができるということです。

「過去は過ぎ去ったものだからもう変えられないじゃないか」と、あなたは思うでしょうか?

過去に大失敗をした。しかし、その後、歯を食いしばって立ち上がり、

大成功を収めることができた。そんなとき、あなたは

「あの失敗があったからがんばることができた。あの失敗こそが私に成功をもたらしてくれたのだ」

と感謝するのではないでしょうか?

でも、もし今この瞬間のあなたが、過去のつらい出来事に対して苦々しい思いを抱いたまま、

そこから何も学ばないでいるのだとしたら、その出来事は変わらず“嫌な出来事”のままでしょう。

つまり“今、この瞬間”のあなたによって、

過去の出来事の意味がまったく変わってしまうということです。



これも、実は、今年にはいって全く同じ話を聴かせてもらったことがありました。

それは、このブログで紹介させていただいたことのある国際護道連盟 宗家:廣木さんのお話です。

(廣木道心さんの記事はコチラ

・・・・・

武道では、リアリティのあるイメージのことを「先」(せん)といいます。
「先手」とか「先を取る」とかの「先」です。
逆に、先(進む先・未来)にリアリティのあるイメージが描かなければ、
出遅れることになり、攻撃を受け損ないます。
この攻撃の部分を「巡り合わせ」や「チャンス」に置き換えれば、
目の前のチャンスが通過していくということになるかもしれませんね。

昨日たまたま回転寿司に行ったのですが、まず流れてくる皿を目視してから、
手元で取っていますね。
その流れを目視する(あの皿を取ろうかな?とイメージする)があるときは、
「先を取っている」から間に合いますが、目の前にきて、
「あ、食べようかな?どしようかな?」と思ったときには通過していて、
1週見送ることになりますね。
変な例えですけど、そんな感じです。

「未来が変われば過去は変わる」ってよくいうのですが、
時間は未来から流れて来るものですから、先のイメージを変えることが、
今もそして過去も変わって行きますね。

未来へのイメージは私は大切だと感じます。
何故なら今という時間(瞬間)は過去の積み重ねで成り立っているわけではなく
「どうなりたいか?」と願った未来へのイメージによって作られている
(未来のイメージが具現化した)と感じるからです。

過去は常に未来によって変化するいい加減なものですから。
もし過去の積み重ねで今があるとするなら、
私の場合は絵描きになってるか、空手家になっているはずですが、
現状は絵描きでもなければ、殴り合いをしない突きも蹴りも使わない、
空手らしいことをしない武道を作ったわけですから、
これは、未来にこうあってほしい(死ぬまでに虐待のない福祉環境を残しておきたい)
という未来へのイメージがそうさせています。

また例えば過去に嫌な出来事があって、
その出来事は変わらないと思っていても、未来がいい風に変われば、
その過去のことも許容できるかもしれませんし、
また今があるのはその過去を乗り越えて教訓としてきたおかげだと感謝するよう
になれば、嫌な過去ではなくなりますから、すべては今この瞬間と、
未来のイメージ次第だと思います。

・・・・・



私には、廣木さんの言葉の方がずっと心に響きます。
(廣木さん、勝手にごめんなさい


以上!感想文でした。個人的偏見に満ちていますので、おゆるしを!


ちなみに、今年一番心に残ったのは、このスピーチ


スポンサーサイト
2011.12.21 Wed l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿










       

トラックバック

トラックバックURL
→http://keropaki.blog16.fc2.com/tb.php/641-36f14a35
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。