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待ってました!春樹さんのエッセイ。

読み終わるのがもったいなくて、一つ一つゆっくり味わいました。


「小説家は、頭の中にたくさんの引き出しを必要とします。

 ささやかなエピソード、細かい知識、ちょっとした記憶、個人的な世界観(みたいなもの)……。」


と春樹さんは書いておられるのだけれど、

本当に、この方の頭の中にはいったいどれほどの引き出しがあるんでしょうね。

日常生活の中での観察力というものが、なんといいますか、人並み外れていると思います。

私も、もっと日々の暮らしを大事に観察してみなくちゃ!という気持ちになりました。

どのエピソードも、それぞれフフッと笑ってしまうものばかりなのですが、

印象に残ったものを少し。


「アボカドはむずかしい」

フフフ、春樹さん、私アボカドえらぶの上手いんですよ。

選んでさしあげたいわー(笑)


「やあ暗闇、僕の旧友」

人は誰しも、いくつかのささやかな「自説」を持って生きている。

あなたにもきっとあるはずだし、僕にももちろんある。



はい!ありますともー。

昨日、久しぶりに巻き寿司を巻いたんですけど、

やはり、巻き寿司の具は、「キュウリと卵焼きとポールウインナー」

これ食べたことない人は、絶対損してると思うんだけどなー。


「ベネチアの小泉今日子」

驚くことに1980年代半ば、

春樹さんは、ベネチアで小泉今日子のカセットテープを聴いていたらしい。まじ??

キョンキョンファンとしてましては、読み流せません!(笑)


そして、今週の村上から。

「ワープロ」とか「ミニスカ」とか略されるのに、
 なぜセイタカアワダチソウはちっとも短くならないのだろう?


(笑)ほんまやー!


アメリカの書店で立ち読みしてたら、隣に「LOST」のサイードがいた。だから?と言われても。

 まじ??(笑)


「挨拶」という字が書けません。20年前から覚えなくちゃと思いつつ、今に至ってます。

 うわぁ全く同感!!! ついでに私は「掃除」って漢字も書けません…。


「それは僕のせいじゃない」というのはカミュの『異邦人』を読んだときに覚えました。みんな太陽が悪いんだ。

 クスッ(笑)


地デジ化なんて面倒だな、もうすべてやめちまおうか、と考えてしまう今日このごろです。

 おなじく!面倒でほったからかしてたら(当たり前だけど)テレビみれません。さてどうしよっかな。



そして、最後に書かれてあること。


この人生においてこれまで、本当に悲しい思いをしたことが何度かある。
それを通過することによって、体の仕組みがあちこちで変化してしまうくらいきつい出来事。
言うまでもないことだけど、無傷で人生をくぐり抜けることなんて誰にもできない。
でもそのたびにそこには何か特別の音楽があった。
というか、そのたびにその場所で、僕は何か特別の音楽を必要としたということになるのだろう。
 ある時にはそれはマイルズ・デイヴィスのアルバムだったし、ある時にはブラームスのピアノ協奏曲だった。
またある時それは小泉今日子のカセットテープだった。音楽はその時たまたまそこにあった。
僕はそれを無心に取り上げ、目に見えない衣として身にまとった。
人はときとして、抱え込んだ悲しみやつらさを音楽に付着させ、
自分自身がこの重みでばらばらになってしまうのを防ごうとする。
音楽にはそういう実用の機能がそなわっている。

 小説にもまた同じような機能がそなわっている。
心の痛みや悲しみは個人的な、孤立したものではあるけれど、同時にまたもっと深いところで、
誰かと担いあえるものであり、共通の広い風景の中にそっと組み込んでいけるものなのだということを、
それらは教えてくれる。
 僕の書く文章がこの世界のどこかで、それと同じような役目を果たしてくれているといいんだけどと
思います。心からそう思う。




またステップが踏めなくなったときには、羊男に会いにいきますね、春樹さん。
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2011.08.06 Sat l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲

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