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人間の究極の幸せとは…。

人に愛されること
人にほめられること
人の役に立つこと
人から必要とされること

この4ツだということを何かで読んだことがあるのですが…。

ゆうちゃんの場合。

『愛されること・ほめられること』は、

これまでたくさん与えてもらってきた、与えてきた、と思っているのですが、

『役に立つこと・必要とされること』という経験は、なかなか難しいことでした。

地域の小学校へ通っている時は、いつもお世話をしてもらう側で。

ゆうちゃんが誰かのお世話をする、なんて事は皆無でした。


支援学校へ通うようになって、

とても大きなモノを得た、と私が感じていることは、

この『人の役に立つこと・人から必要とされること』を、ゆうちゃんが経験できたことです。

ゆうちゃんが通う支援学校には、

自分の力で動いたり歩いたり出来ないお友達がたくさんいます。

最初のうちは、「ゆうちゃん、お願い!車イス押してあげてー!」

と先生が声をかけていたのですが、

今では、声をかけなくとも、ゆうちゃん自身が「自分の役割」と感じるようになってきているのです。



修学旅行中に、こんな出来事があったそう。

先に食事が終わったゆうちゃんに、

「ゆうちゃん先に行ってていいよー」と先生が声をかけても、

ゆうちゃんは、座ったまま動こうとしなかったそう。

先生は、「まだゆうちゃん動きたくないのかな。」と思っていたそうなんですが、

一緒に食事(注入)をしていたMくんが終わって、

「じゃあ、行こっか!」と席を立つと、

ゆうちゃんがサッと席を立って、Mくんの車イスを押しに行ったのだそう。

その時になって先生は、

「そっか、ゆうちゃんは、Mくんのこと待っててくれたんや」ということが分かり、

ちょっとウルッときそうになりましたよ…(と報告して下さったのです)

その他の場面でも(他の先生からも)

「Mくんのことはボクがやらなきゃ!と、ゆうちゃんは意識しているようです。」

との報告を聞き、本当に嬉しい気持ちになりました。


思えば、これまでの小学校生活の中では、

ゆうちゃんは、いつも待ってもらう(待たせる)側で、

誰かを待つ側になったことなどありませんでした。


そう思うと、とても貴重な経験をしているんだな、ということを感じるのです。

今、ゆうちゃんがどんどん変化し成長を遂げているのも、

こういう経験があるからではないかな、と思うのです。


人間だれだって、世話になるばかりではツライですよね。

誰かの役に立って、誰かに必要とされて、幸せだと感じることができるし、

また、人としても成長していけるのではないかな、と思うのです。

そのことに、障がいが ある・なしは、関係ないのだと。

誰だって、、、誰かの役に立ちたいし、必要とされたい!ですよね。



タイトルの「私を必要としてくれる人がいます」は、馬場俊英さんの新曲です

最近、「ババキューピット」なるものを知って、ちょっと感動しました。

馬場さんって、ほんとにあったかい人なんだなぁ~って。

詳しくはこちら→馬場俊英オフィシャルサイトをどうぞ。
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2010.10.16 Sat l 今日のゆうちゃん l COM(0) TB(0) l top ▲

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