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先週から、後期の講義&BF研が始まりました♪

(なかなか更新できてないんですけど(^^;))



今週は、聴覚障害がある弁護士さん。

耳が全く聞こえない弁護士。松本先生のお話を聞かせて頂きました。


松本先生は、小学校三年生の時に高熱を出し、

耳が聞こえなくなってしまったそうなのです。

戦後の、焼け野原の大阪。

残っている大きな建物が中央郵便局と大阪駅だけだった時代。

父親は、熱を下げる為の「氷」を買うのに、3時間も自転車で走り回らなければならなかった時代です。

耳が聞こえない事がわかってから、

近くの医者では治らない事がわかると、大きな病院で診察を受けることに。

そこで治らない事が分かると、

次は有名な耳鼻科を探しまわってあちこちの病院を渡り歩いたそうです。

それでも治らない事がわかると。。。

最後に行き着くところは「祈祷」だったそうです。

本人自身は、耳鼻科へ行き始めた辺りで、もうあきらめていたそう。

父親もその辺りで同じように、あきらめていたそうなのですが、

あきらめきれなかったのが母親だったそうです。

どうしても!!と神社へ連れて行かれ・・・

山伏のような格好をした人に、口含んだ水を顔にプッーと吹きかけられたそうです(>_<)

「こんなんで治る訳ないで」と子どもながらにも思った。

と先生はおっしゃっていました。


でも!母親ってそうなんですよね。

何としても治してやりたい!!

出来る事なら自分が変わってやりたい!

きっとそんな思いだったんだと思います。


その後・・・

地元の小学校と週に一回聾学校との両方へ通ったという先生。

地元の小学校では、授業にはついていけたけれど、友達の輪の中に入っていくのが難しかった。

例えば、目的のある会話は出来るけれど
(ゆっくり話してもらったり、書いてもらったりすればわかる)

目的のない会話ができない。
(バカ話でみんなが笑った後に説明してもらっても笑えない・・・)

それが、聾学校へ行くと、手話でペチャクチャおしゃべりが出来る!

週一回の聾学校での手話でのおしゃべりが自分自身の解放になり、バランスが取れていたんだと思う。

と先生はおっしゃっていました。


障害があるなし関係なくお互いを分かりあうことは大切な事です。

でも、同じ障害がある人同士が一緒にいて、理解しあえることも必要だし、それが、心地よい場であれば素敵なことだなと思いました。



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2005.10.15 Sat l BF研 l COM(0) TB(0) l top ▲

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