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気候が良くなり、花粉もやっとおさまってきたので、お庭でランチをはじめてみました。

お庭


そうしたことが気分転換になったのか?


最近のゆうちゃんは、食欲旺盛になり、今まで断固として食べなかったモノも食べるようになってきたのです!

お寿司にお造りにスープにお菓子…本当にいろんなものを口にしてくれるのです!


こちらは、ハハ自慢!のビシソワーズスープ。
スープ

これだけは、私の母より腕が上だ!とチチのお墨付き

これまで、ゆうちゃんがスープ類に手を出すことは一度も無かったので、

ゆうちゃんがスープを飲み始めた時には、超感動

思わず、写メしましたよ(笑)

(あ、ちなみに ハット卿"もそばで見守ってます…微妙に写ってるの、わかります?/笑)


そして、こちらは手作りポテチ。
ポテチ

スナック菓子を食べるので、それなら手作りの方が良いだろう、と作ってみました。

何度か作ってみて分かったのですが、

手作りポテチをカリッと揚げるのに重要なのは、「油」

ちょっと高くつくんだけど、良質の油を使うとカリッと揚がって冷めてもしんなりしません。


そして、チャプチェ。(韓国の家庭料理)
チャプチェ

実はこれ、韓国ドラマ『魔王』を観て、めちゃくちゃ作りたくなってハマッた一品。

以来、すっかり我が家の定番メニューとなっていたのですが、

今まで、ゆうちゃんが食べてくれたことはありませんでした。

それがです いきなり食べ始めるもんだからもうビックリ!


*ちなみに、『魔王』(韓国版)は、私がたまらなく好きなドラマ。

maou_main.jpg

私が涙したチャプチェのシーンは…。

冷酷な復讐鬼となったスンハなのだけれども、「チャプチェ」を口にした瞬間に、

幸せだった少年時代がフラッシュバックして、不覚にも胸を詰まらせ涙してしまうのです。


そのシーンが私には物凄く心に響いて、もうたまらない…涙のツボだったのです。

「食」って、その人のアイデンティティーに関わる、、本当に大事なことであることを、

感じさせられたシーンでもあったのです。



ゆうちゃんがいろんな食べ物に興味をもってくれる。

それだけで本当に幸せです
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2009.04.24 Fri l 今日のゆうちゃん l COM(4) TB(0) l top ▲
車いすの児童、中学校が入学拒否 「設備がない」

 脳性まひのため車いすで生活する奈良県下市町の女児(12)が地元中学校への進学を希望したところ、
同町教育委員会から「バリアフリーに不備がある。
県立の養護学校に行ってほしい」と入学を拒まれた。
地元小学校に6年間通った女児の両親は4日会見し、
「小学校では運動会も遠足も参加し、健常児と同じ環境で成長した。普通学級に通わせて」
と訴えた。
8日の入学式までに就学できない場合、法的手段を検討するという。

 両親によると、女児は下半身が不自由だが、字も書けて日常会話もでき、
小学校では教師1人と介助員2人がサポートした。
町立下市中学校への入学を希望したが、校長や医師らでつくる町教委の「就学指導委員会」は2月、「県立養護学校が望ましい」と答申した。
町教委の堀光博教育長は、4階建ての同中校舎はエレベーターなどがなく、教科ごとの教室間移動も多いため、
設備の整った養護学校の方が女児の能力を伸ばすのに適している、としている。

 女児が養護学校に通わざるを得なくなった場合、バスで30分程度かかるという。

<asahi.com 2009/4/5(http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200904050008.html?ref=rec)>


車いすの12歳、地元中学に通いたい 町教委は事故懸念

漢字も書ける。水泳もできる。なのに、なぜ——。
今春、地元の公立中学への進学を望んだ奈良県下市町の車いすの女児(12)が
町教育委員会に入学を拒まれ、学校に通えない日々が続いている。
1日にこの中学で上り下りする階段は800段として、町教委は特別支援学校を勧める。
女児を地元小学校に通わせた母親(45)は
「同じように学びたいという思いが彼女を成長させた」と訴える。

■「みんなと同じように」

 8日にあった中学校の入学式に、女児は出席できなかった。
「とても寂しいけれど、いろんな人が応援してくれるのでうれしい」

 脳性まひで生まれた時から手足が不自由。
階段の上り下りやトイレでは介助が必要だが、食事や身の回りのことはたいていできる。
車いすで1人で移動でき、地元の小学校に通って、他の児童と一緒に授業を受けてきた。

 1年生のときは震える字で「1」と書くのがやっとだった。
練習を繰り返し、いまは得意な漢字も早く書けるようになり、
「カリカリという鉛筆の音を聞くのがうれしい」。
夏休みや冬休み、次の学期に習う漢字をすべて覚える。
毎日約2時間のリハビリを欠かさないがんばり屋さんだ。

 お気に入りの小説は「赤毛のアン」。
丸ごと暗記し、どのページからでも最初の1行を聞けば、スラスラと暗唱できる。
体育でも、6年生になると仰向けで25メートル泳げるようになった。

 女児は自宅から車で約30分の奈良県立明日香養護学校(同県明日香村)に籍を置くことになった。
だが、登校しておらず、同校の講師が13日から女児宅で教える予定だ。

 母親は「みんなと同じようになりたいという思いが娘を成長させた」
女児は「小学校時代の友だちと一緒に勉強したい」そう語り、
中学進学をあきらめきれずにいる。県教委に調整役になってもらい、解決の道筋を探っている。

■1日に上り下り800段

 「800段。この中学校で生徒が1日に上り下りする階段の想定段数です。」
下市町教委の堀光博教育長は入学を拒んだ理由をこう説明する。

 女児が入学を望む町内唯一の中学校は71年建設の4階建て。
高台の傾斜地に立つ。正門から校舎玄関への階段が27段あるほか、
校舎から体育館への階段も35段ある。
「理科室」「パソコン室」などの特別教室も多く、移動は小学校より多いという。
階段にスロープはほとんどなく、校舎にエレベーターもない。

 女児は小学校時代、町側が雇用した女性介助員2人と担任教諭に階段の上り下りを手伝ってもらっていた。
しかし、堀教育長は
「思春期になれば体が大きくなる。介助中に足を滑らせて階段から落ちれば、命の危険につながる」と話す。
町教委は事故時の過失責任が問われることを懸念する。
さらに年間約40億円の町予算では、介助員の増員、バリアフリー化の改修工事は難しいという。

 町教委が「一番危険」と説明するのは、校舎から体育館までの階段。
実は迂回路(うかいろ)があり、約3分遅れで着くが、
町教委は「次の授業に間に合わず、保護者が望む同じ教育が実現できない」と説明する。
(高橋友佳理、藤田さつき)

■受け入れ態勢あれば進学可能

 文部科学省によると、障害のある義務教育段階の児童・生徒は全国で約23万人。
その進路は、どのように判断されているのか。

 地元の公立小中学校か、特別支援学校(旧盲・ろう・養護学校)のどちらに進むのが適切かは、
各市町村教委に置かれた就学指導委員会が、保護者の意見も聞きながら審議する。
原則、国が定める障害の程度にあてはまれば特別支援学校に通う。

 しかし、小中学校側の受け入れ態勢が整っていると判断できる場合には、小中学校への進学を認めている。
文科省によると08年度、全国で特別支援学校を勧められた7165人のうち、約5%にあたる374人が小学校への入学がかなった。

 判断を巡って訴訟にまで発展する例がある一方で、埼玉県東松山市のように就学指導委員会を廃止する自治体もある。
「子どもにとって最善の選択をできるのは保護者」と考える市長が提案した。

 国は、公立学校のバリアフリー化の進み具合について調査していない。
文科省はその改修費を3分の1補助する制度を設けているが、過去3年間の申請は161件にとどまっている。
施設助成課の担当者は「限られた財政の中、各自治体は耐震化工事を優先させているとみられる」と話す。(小河雅臣)

 〈大阪市立大・堀智晴教授(障害児教育)の話〉 
障害のある子も、地域の学校で仲間たちと触れ合い、もまれながら学ぶことが大切だ。
中学校側は、教職員や他の生徒たちの負担が増えることに不安を抱いているのだろう。
障害のある子が利用する教室や施設を1階に集めたり、地域ボランティアに小さな段差をなくす大工仕事や介助を手伝ってもらったりして、受け入れる学校が各地で増えている。工夫次第だ。

 〈障害児教育を考える」などの著書がある桜美林大・茂木俊彦教授(障害児心理学)の話〉 
障害の程度などによっては、特別支援学校で専門的な教育をする方が、
その子の自立につながることもあり得る。
しかし、奈良のケースは、勉強も水泳もがんばっており、行政が受け入れ態勢づくりに努めるのが筋だ。
財政的に町だけでバリアフリー化が難しいなら、県に支援してもらうなどの方策を考えるべきだろう。

<asahi.com2009/4/17(
http://www.asahi.com/edu/news/OSK200904110113.html)>



先日、「報道特集NEXT」という番組でも特集が放送されましたので、

ご覧になられた方がいらっしゃるかもしれませんが…。

この問題について。

みなさん、どう感じられますか?

多分、それぞれ全く違った意見があると思います。

「学校は、バリアフルな場所である」ということが見えてくるし、

「設備がないから」といって拒否するのはおかしい!と、思う人がたくさんいると思います。

(記事を読む限り、そう煽っていますし…)


ただ、それは第三者的意見であって、直接的に学校側の立場となった場合、

「設備がない」この学校で、車イスの女児を受け入れることができますか?

(実際に、『介助』をやっている人なら、その大変さを訴える人もいるでしょう)

そして、本当に(善意から)「養護学校の方が手厚く教育が受けれるのに!」と思う人もいると思います。


反対に、もし自分の子どもに障害があったなら…

みんなと一緒に地元の中学へ通う方が良いと思いますか?

支援学校へ通う方が、その子にあった教育を受けることが出来て良いと思いますか?

もし、入学を拒否されたらどうしますか?


いかがでしょうか?

出来れば…「自分だったらどうするだろう?」と想像してみてほしいのです。



私もこれまで、ゆうちゃんの進学ついては、随分悩んできました。

中学進学を前に 
進路 というハハの思い"を書きましたが、

小学校へ入学の時は、就学指導委員会の方に、養護学校を勧められましたし、

中学進学については、ゆうちゃんの現在の学校(肢体不自由児の支援学校)ではなく、

(知的の支援学校)への進学を勧められました。

小学校就学の時も、中学へ進学の時も、就学指導委員会の方、小学校の先生、中学校の先生と何度も話し合い、

ゆうちゃんにとって一番良い場所はどこだろう?とみんなで考え、最終的には、私達が希望する学校へ進学することが出来ました。

ただ、「ゆうちゃんの進路」とは言うけれど、その道を選ばせているのは「親」。

親がどういう姿勢を示すかで、その子の道が決まっていくことはあきらか。


このニュースを知って、

女児がいまも自宅で入学できる日を待っている…というのがとても気になりました。

小学校6年間地域の学校へ通ったのなら、中学進学のことはもっと早い時点から予測できたはず。

なぜ、どこへも入学できない(しない)状況になってしまったのか?

それは、本当にその子のために最善だったのか?


自分自身を振り返り、子どもにとって「良かれ」と思っている選択は本当にそれで良いのか?

今一度、考えてみようと思わせてくれるニュースだったのでした。
2009.04.22 Wed l 今日のゆうちゃん l COM(2) TB(0) l top ▲
週末、動きましたーッ!

なんと、お花見に出かけてきましたッ!

今年は、サクラがとても長く咲いてくれているので、お花見満喫できちゃいますよね


まずは、土曜日にお邪魔させていただいた友人宅から。

IMG_2303.jpg

高いところ大好き!な、ゆうちゃんなので、この場所はとても気に入ったよう◎



そして、夜桜。

あちらこちらで繰り広げられている宴会を横目に、桜の下を歩いてきました。


そして、友人宅では。。。


なんと、ジョーバ初体験

IMG_2310.jpg


気に入った様子◎なんですが…さすがに手が出ませんねぇ



そして、日曜日は久しぶりに「紀伊風土記の丘」へ。

いつもの事ながら、ゆうちゃんの動きは予測不可能で…。

こうやって、時々座り込んで動かなくなります。

IMG_2318.jpg


まぁ、待っていればいつかは動き出すので…。

ひたすら「待つ」のですが…。

今回は、その「待つ」間にこんな楽しみが!


IMG_2325.jpg

そうです この時期お楽しみのわらびです

いつもは、長く感じる「ゆうちゃん待ち」も、この日は短いくらいに…(笑)

IMG_2324.jpg

(あと一つで終わろう、あと一つで、、とイイツツ山菜採りってほんとに止められないんですよねぇ~)



そして下山後、桜の下にシートを敷いて、さてお弁当を!と用意をしていると…

その隙にゆうちゃんは、

数名の若者が集まって宴会をしているブルーシートの上に、勝手に上がろうとしてるんですよ

あわてて、「ゆうちゃん!こっち、こっち」 と呼びにいったのですが。


その時の若者の反応がそれぞれで面白いんですよ。

あからさまに、怪訝な顔をする人。

「あれ?だれなん?」と友達同士で顔を合わせる人。

「あがる?」と、聞いてくれる人。


ゆうちゃんと行動していると、面白いくらいに人の内側が見えてきます。

ちょっと変った行動をするゆうちゃんとの接し方は、本当に人それぞれ。

あからさまに嫌な顔をされる時もあれば、見て見ぬふり、関わりを避けようとする人。

反対に、疑問に感じたことを「どしたん?」「大丈夫?」といって声をかけてくれる人。

時には、優しく見守ってくれる人もいます。


今は、チチとハハが後ろについていて、ゆうちゃんの行動や気持ちを代弁しているけれど…。

いつかは、ゆうちゃん一人で関わっていかなくちゃなりません。


今回は、つい「ゆうちゃん、こっちこっち!」とあわてて呼んでしまいましたが…。

これから先、こんな機会があった時には、

ゆうちゃんは、どんな動きをするのか?そして、周りの人たちは、ゆうちゃんとどう接するのか?

ちょっと見守っていてもいいのかもしれないな~と思ったのです。


そんな気持ちの余裕をもてたことが、とっても嬉しい週末なのでした。
2009.04.13 Mon l 今日のゆうちゃん l COM(2) TB(0) l top ▲
二つ前の記事に、「マニュアル」というのを書きましたが。

その後、「マニュアル」に関して色々とご意見を頂きました。

できれば、たくさんの人に考えて欲しいな、と思うので、コメントからコピペしたいと思います。

まずは、いつもお世話になり、たくさんの事を学ばせて頂いている…

尊敬する我が先生からのコメントです。(コメントありがとうございます)


「マニュアル化、システム化のおそろしさ」

マニュアル化は、マニュアル本があるとかないとかにかかわらず、

私たちがつい陥ってしまう落とし穴ですね。

リピート repeat  くりかえし は、マニュアル化への道をつくることでもあるから。

しかし、repeat のようにみえても、実は、repeat ではない。

そのように気づくのは、やさしいと思うが、一方でなかなか難しい。そう思いますね。

USJがなぜマニュアルを作成したのか。

USJのこの職員が、なぜそのマニュアルを使おうとしたのか。知りたいですね。

マニュアルとは、マニュアルを使うときのマニュアルがまた必要になる、というように、

この生の一瞬一瞬の輝きを奪いかねないものだと思います。

 今、障害者自立支援法でも、特別支援教育でも、

いや、何でも専門性を強調するところで、マニュアル化、システム化が進んでいます。

困ったことは、そのようなマニュアル化とシステム化に疑いをもたずに、

まじめにマニュアルに則った方がいいと考える人が増えていることですね。



そして、この事に共感してくれた友人からのコメント。


「マニュアルを使うときのマニュアル」はすごくよくわかります。

私の今の職場ではまさにその状態ですもん。

ショップの話ですが、

最近のマニュアルは店の入口でのお手渡しが主流のようですが、

私は必ずレジ前で受け取るようにしてます。そしてすごく驚かれます。

中には頑なに商品を渡してくれない店員の人もいらっしゃいます。不思議だよね。

結局お客のためを思っての行動ではないんだなと思ってしまいます。



そして、その後、経営の立場にいる友人からはこんなメールを頂きました。


「USJでの話。レジでの話。参考になりました。

 スタッフにこの話をして、みんなで考えてみたいと思う。」



とても嬉しいメールを頂けて感激しました。

みんな、どこかで危機感を感じているのだと思いました。


そんな矢先に…こんなニュースが目に止まりました↓

<制服ワッペン2万枚作り直し、3500万円 都下水道局>
(asahi.com /2009年4月10日)

東京都下水道局の新制服用ワッペン約2万個が内規違反のデザインだとして、

約3500万円かけて作り直していたことが分かった。

新デザインは波線1本が消えただけの違いで、公費の無駄遣いとの指摘もありそうだが、

同局は「内規違反は放置できなかった」としている。

 同局は昨年7月、新制服約2万着を2億1300万円で業者に発注。

「水をきれいにするイメージ」として、ワッペンの「東京都下水道局」の文字下に水色の波線1本を付けた。

だが、ワッペン完成後の局内会議で

「他の要素を加えない」とした都の「基本デザインマニュアル」に反していると指摘され、交換した。




これって、まさにマニュアルに則った結果。 じゃないでしょうか。

このニュースを見て、殆んどの人が怒りのコメントを発しておられました。

「バカじゃねえか!」とおっしゃっていたのは、石原都知事。

確かに、誰もがあきれる話です。3500万円もの税金の無駄使い! あり得ない…。と。

私も、なぜ「作り直し」ではなく、「内規を見直そう」という発想ができなかったのか?と思いました。


でも、ただ怒っているだけでは、ことの本質は何も変らない。と思うのです。

今回のことは、3500万円もの税金が無駄に使われたから、マスコミが取り上げ、誰もが批判していますが…。


問題は、先生が書いて下さっているように、

「マニュアル化とシステム化に疑いをもたずに、

まじめにマニュアルに則った方がいいと考える人が増えていること」 だと思うのです。


「マニュアルのおそろしさ」

今一度、考えてみなければならないのではないか、と思います。
2009.04.12 Sun l 今日のゆうちゃん l COM(0) TB(0) l top ▲
4月に入り、この本を読み始めて…やっと読了することができました。

悼む人/天童荒太

悼む人


読み終えるのに、ものすごく時間がかかりました。

天童さんの文体は決して読みにくいものではありません。

どちらかと言えば、とても読みやすいのですが、

読めない…。

読みすすめるのが、ものすごくしんどい一冊でした。

そして、読了後。


いま、静人はどこを旅しているのだろう?

静人の旅は、いつ終わりをむかえるのだろう?

静人の心のおもりがなくなる日はくるのだろうか?

フィクションなのに、リアルにそう感じてしまう自分がいました。


「死」とは、必ずやってくるものであり、誰にも平等なはず。

しかし、その「死」は、亡くなった人や、亡くなり方によって全く違うものになってしまう。

悲しみ惜しまれ、亡くなられてもなお愛され続ける人もいれば、

死んで当然だと罵られる人がいたり、誰にも知られない死もある。


私たちは、普段からたくさんの「死」を新聞やニュースで見ているけれど、

その報道を見ただけで、誰かの「死」に軽重をつけてはいないだろうか?

「マスコミで報道される事が全てではない」と、強く思っていても…

例えば、理不尽に殺された人の報道を見れば、可哀想だと、

亡くなられた人のことを不憫に思うこともあれば、

飲酒運転で事故を起こして亡くなった人の報道を見れば、自業自得なのでは?などと

思ったりしてしまっている自分がいる。



静人は、新聞や雑誌に載っている死亡記事を元に、

自分とは何の関係もない亡くなった人々の現場を訪ね、故人を悼む。

周りの人たちに、故人はどんな人だったのか。

「誰に愛されていたか?誰を愛していたか? どんなことをして、人に感謝されたか?」

その三点をたずねます。

そうして、決してその「死」を忘れないように…と心に刻むのです。


そんなことを聞いてどうするのか?

そんなことをして何になるのか?


彼の行為を、偽善だという人。無神経だと怒る人。一体どんな宗教なのかとたずねる人。

ある時は、不審者として警察に通報されたり。

しかし、一方では聖人のように思う人も。


そして、「なぜこのような旅を続けるのか?」その答えは、静人自身にも分からない。

ただ、彼は「自殺をする変わりに、人の死を悼むようになったのかもしれない」と話す。


彼は、幼い頃の身近な「死」の体験、そして、親友の「死」の体験から、

「死」について深く考えるようになる。

亡くなった人の事を忘れてしまっていた自分に気づき自己嫌悪に苦悩する。

日々の忙しさに流されて、大切な人の命日を忘れてしまっていた自分が許せなくなくなる。

ガードレールにもたせかけてある花束を見て、

自分がどれだけの多くの死を見過ごしてきたのかと胸を痛める。


だから、できる限り「死」を覚えておこうと。

覚えていられるだけ覚えていたい…と、静人は、旅を続ける。



静人の生き方をどう思うか?



私には、この生き方、見ているだけで(イヤ、読んでいるだけで)つらすぎました。

静人に、もっとラクになって欲しい…と切に思いました。

そして、時には、ただの自己満足じゃないか?って思うこともありました。

静人の帰りを待つ、父・母・妹。

母は、癌で余命数ヶ月。

妹は、兄の旅のせいで結婚するはずだった相手と破談になる。

なぜ、家族に心配をかけて、そこまでして旅を続けなければならないのか?

読みながら何度もそう思いました。

そして、静人の父親の言葉にとても共感しました。

「死んだ人ばかりを見つめていては、自分も、家族も、養えないよ…」



ただ、作中に登場する人物は、静人に救われてゆくのです。

静人と旅を一緒に始めた、夫を殺害した女性「奈義 倖代」 

雑誌記者の「蒔野 抗太郎」

そして、奈義倖代が殺した夫「甲水朔也」

それぞれが、「愛される」ことを知らずに育った、幼い頃に虐げられて育ち、歪んでしまった人たち。

彼、彼女らは、静人と出会ったことで「愛」を知り、救われる…。

(余談ですが、このあたりは「永遠の仔」の延長上にあるのかなぁ~と。)



私事ですが…ちょうど、タイムリーに(というのもヘンですが)

この本を読んでいる最中に、友人の命日があったのです。

今年で10回忌。

毎年、命日前後にはご実家を訪れ、お参りをさせてもらっているうちに…

もう10年も経っていたことに驚きました。

「10年間も忘れずに来てくれて本当にありがとう」

「ほんとうにありがとう」

ご両親から何度もお礼の言葉をもらって…


静人の旅のことを、なんとなく考えてしまいました。

静人は、亡くなった人を悼むことで…生きている人を救っているのだと。



久しぶりに、心がこもった小説を読んだ気がしました。

ただ、この本は、誰かにオススメ!っていうような感じではありません。

「悼む人」 静人が気になった方は、手にとってみてください!
2009.04.09 Thu l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
今年もまた桜の季節がやってきましたね

早いもので、ゆうちゃんが中学校へ進学して、季節がひと巡り。


4月1日。

朝刊の府教委異動記事をチェックすることから開放されて…

こんなに心穏やかに迎えられるとは。


今年度も変らず、ゆうちゃんの訪問を担当して下さる先生は、

先日、3学期終業式の日に、学期末恒例となったコンサートを開いてくださいました

今回は、高等部の訪問担当の先生も参加してくださり…

ピアノ・ギター・クラリネット・うた(高等部の先生は声楽の先生なのです)と、

これまた素晴らしい演奏を聴かせて下さいました。


通知表を受け取りながら、先生方と過ぎてきた一年に思いを巡らしました。

訪問教育が決まり、最初に我が家に来てくださった先生は、

ゆうちゃんをはじめて見た印象を、やはり「とてもしんどそうだった」とおっしゃっていました。

当時は、ご飯を食べれるようになってはいたものの、体重は、まだ20キロ台。

「虚弱」といっても過言ではない状態だったんですよね。


それから、ゆうちゃんの担任:N先生がやってきてくださり、生活が少しずつ変化していきました。


1学期。

先生と一緒に「朝ごはん」を食べるところから始まりました。

だんだんと、先生がきてくださるのを「まつ」ようになり、順調に夏休みをむかえました。

2学期。

生活のリズムができ、先生とのやり取りに少し「慣れ」が見え始めました。

先生の方にも、「もっと何かできる!」「何かをしなくちゃ!」という思いが見え始め、

そういう思いを敏感に感じ取るゆうちゃんは…なんと

先生の授業をボイコットしました(笑)

先生が来ている時間(2時間の間)その殆んどをトイレの中から出てこなかったのです(笑)

そんな時に、ちょうど実家へ出かけ、ちょっとさみしい親離れという記事のようなことになり、

一週間実家で過ごし、結果として、先生から逃げることとなりました(笑)


そうして気分転換をして帰ってきたゆうちゃんは、

気持ち新たに!先生と授業が出来るようになったのです。


そうしてむかえた3学期は…。

「勉強する」という意識がしっかりとしてきました。

写真のように↓

文字

現在、「もじ」を練習中。

小学校時代は、何度もプリントやドリルで練習していた「ひらがな」です。

小学校時代のプリントやドリルを見せると、嫌がって全くみようとしなかったので、

先生がオリジナルで作って下さいました。

(「あ」から順番に、詩を考えて下さる先生!凄いですっっ!!)

先生のお手本を見て、模写します。(↑)

そして、ひらがなを読み上げて、書かせてみると、(↓)

50音

3~4文字ほど、わからなくてカンニングしましたが、

「ひらがな」は、ほぼ、読み書きが出来るようになりました

続きは、二年生へ持ち越しです。


少しずつ少しずつだけれど、確実に、一歩一歩前進しています。

ボイコットなんて事も出来たんですから!(笑)

あっぱれゆうちゃんです

いつもゆうちゃんの気持ちに寄り添って下さる先生に心から感謝しながら…

これからも、あせらずいそがず、ゆうちゃんのペースで進んでいきたいと思います。
2009.04.01 Wed l 今日のゆうちゃん l COM(0) TB(0) l top ▲
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