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ゆうちゃんの無事の卒業を祝って、「おめでとう」をたくさん頂きました。

ありがとうございますm(_ _)m


植樹の時の写真を探しながら…アルバムを開いていると、この頃の日々が思い出されてきました。

幼少の頃のゆうちゃんは、毎日、家の近くにある大きな木を眺めに行く事が日課で、

一本の木を飽きずに1時間も2時間も眺めていました。

2~3歳の頃と言えば、いわゆる「公園デビュー」の時期で、

(そういえば、「公園デビュー」って言葉、聞かなくなりましたよねぇ?死語?)

私も他のお母さん達となんら変わりは無く、同世代の子ども達と遊ばせたくて、

子ども達が遊んでいる公園を探して出かける毎日を送っていました。

でも、ゆうちゃんは、どこへ行っても他の子ども達と交わる様子は全くなく、

ただひたすら歩き回り、公園から出て行こうとするだけ。

結局は、お気に入りの「木」の所へたどり着き、ずっと木を眺めているのです。


私自身、この頃から、ゆうちゃんが「他の子ども達とは何かが違う」コトを感じ始めていました。

1歳半検診で「発達相談の必要あり」と言われ、療育へ通う事を勧められましたし、

「自閉症」と書かれた本に、手を伸ばし始めたりもしました。


でも、自閉症に関する本を読めば読むほど不安になるばかりで。

早期発見・早期療育が必要だとか…。

保健師さんには、早くに集団生活をさせたほうが良いと勧められ…。

仕方なく行ってみた療育教室では、泣いて嫌がるばかりのゆうちゃん。


何もかもが私の中で違っていて…。

なぜ生まれて来てたった2年や3年の子どもに、療育が必要なのか?

どうしても納得がいかなくて。

本来、子どもは、自然の中で育ち、「快」の経験をいっぱいさせてやる事が大事だと思っていたし、

自分の子どもを標準化された型に押し込めたくない。とも思っていたので、

ゆうちゃんが他の子ども達と違っているから。といって、嫌がる事を無理矢理させなければいけない事に

とても疑問を感じていました。

周りの人の意見を聞かない頑固なハハ。のように見えていたかもしれないけれど…

今となっては、「絶対に譲れないもの」…が私の中にあったような気がします。


そんな時。勇気を与えてくれたのが星野道夫でした。




アラスカ


森へ





「たくさんのふしぎ傑作集」シリーズで出版されていた「アラスカ探検記」と「森へ」という本。

ゆうちゃんに見せたくて買ってきたのですが、その中の一節に勇気をもらったのです。



アラスカの深い冬山に、カリブーの写真を撮るためにセスナ機から降り立ち、

「ひと月したら迎えにくるよ」というパイロットの声を最後に、

たった一人取り残された時に星野さんが感じられた気持ちです。


「気の遠くなるような大自然の中に僕だけが取り残されました。

寂しい気持ちもありました。これから一ヶ月、人に会う事はないのです。

けれど大きく深呼吸をすると、叫びだしたいような自由を感じました」



とても衝撃的でした。

私は、「叫びだしたいような自由」を感じた事があるだろうか?

大自然を恐れることなく、自由を感じる星野さんへの憧れの気持ちが益々強まったのです。


木を何時間も眺めているゆうちゃんって…

もしかしたら、星野道夫と同じように大自然の中で自由を感じるコトができるのかもしれない。

そう思うと、

ひたすら木を眺めるゆうちゃんがとても素敵に見えたのです。


ゆうちゃんが今持っているものを壊したくない。

ゆうちゃんが持つ感性をこのまま壊さずに大切に育てていきたい。


そんな風に強く思うようになったのは、この本との出会いがあったからだと思うのです。



「A Small, Good Thing」

ささやかだけれど、役に立つこと。


多分、私は、こうしたちょっとした誰かの言葉や、人との出会いに励まされてやってきたんだと思う。

星野道夫の一節も、日常生活の中でのちょっとした出会い。

ほんの小さなことが、心を満たしてくれたり救ってくれたりする事ってありますよね。

出会いに気づくコトができる感性と、出会えた事に感謝できる心。

そんな人間でありたい…。

久しぶりにゆうちゃんの幼少の頃のアルバムを開き、星野道夫の本を読み返して…

そんな事を思ったのでした。

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2008.03.31 Mon l 今日のゆうちゃん l COM(4) TB(0) l top ▲
ゆうちゃんの 卒業祝う お花たち




我が家の桜は、なぜか?どこよりも?早く咲きます。


ラン

ここ数年、ずぅーっと花をつけなかったランですが…今年はなんと!たくさんの蕾が



もくれん


こちら↑ は、ゆうちゃんが4歳の時。保育所入園を記念に植えたモクレン。


探してみると…植樹した時の写真があったあった!

植樹


ゆうちゃんと同じ身長(110cm)だったモクレン。

今では、ゆうちゃんの身長をぐぅーん!と超えて…

ありきたりな言葉だけど…今、まさに、誇らしげに咲いています!

きっと、ゆうちゃんの成長を見守り、祝ってくれているのですね。
2008.03.25 Tue l 今日のゆうちゃん l COM(4) TB(0) l top ▲
今日は、ゆうちゃんの学校の卒業式でした。

卒業


実は…一昨日の日曜日に実家から家へ戻っており、

な、な、なんと

今日、ゆうちゃんは学校へ行ったのです


式には間に合いませんでしたが、式を終えちょうど教室に戻った頃に学校へ到着して、

先生、そして友だちみんなと会うことが出来ました。

学校中を歩き回り、ゆうちゃんのお決まりコースのトイレの水を流して…

最後に、校長先生・教頭先生から式と同じように「卒業証書の授与」をして頂きました。


もう学校へ足が向くことはないだろうなぁ~とあきらめていたので、

ゆうちゃんの行動には、驚きやら感動やらで、胸がいっぱいになりました。


ゆうちゃん。凄い。本当に凄い。

最後は、ちゃんとケジメをつけなければ。って、きっと思っていたんですね。

その姿にもうメチャクチャ感動しました。


小学校生活6年間。

思い返せば数え切れないくらいに色々な事がありました。

お世話になった先生方、支えてくれた友人たち。

本当にありがとうございました。

本日、ゆうちゃんは無事に卒業式を終えることが出来ました。

みなさまに心より感謝致します。
2008.03.19 Wed l 今日のゆうちゃん l COM(12) TB(0) l top ▲
実家でのゆうちゃんの様子です↓

you.jpg


お絵描きブーム復活w

最近、この体勢でよく絵を描いています。


そろそろお家に帰らないのかなぁ~?と、

ゆうちゃんに「おうちかえる?」と聞いてみても 「・・・」 返事はナシ。

「かえらないの?」 と聞くと 「かえらない」 との返事が!



まっ、ゆうちゃんがそう言うのなら、ゆうちゃんの気が済むまでココにいることにしよう!

と、腰をすえることに。


家から実家へ来ることができ、まず一歩踏み出せたのです。

次の一歩もゆうちゃん自身が踏み出すまでひたすら待つ。


でも、「待つこと」って、実は簡単そうで結構難しく…。

一つの事が出来ると、じゃあこれも出来るんじゃない?と、思ってしまう気持ちをグッと抑える。

そして、ひたすら待ちつつ 「ここぞ!」 という時を見極めてプッシュする。

そう、時々は背中を押してやることも必要で。

そんなタイミングを探しながら…まだしばらく実家生活が続きそうです。



そんなゆうちゃん。 妙に 「L」 に似ていることを発見w(笑)

エル

2008.03.14 Fri l 今日のゆうちゃん l COM(0) TB(0) l top ▲
悪人

吉田修一の「悪人」読了。

もう随分前に図書館に予約を入れてたんだけど、

新聞連載中からめちゃくちゃ人気だったんですよねぇ~

やぁーっと回ってきたこの本。2日間で一気読みしちゃいました。

いやもう凄いのなんのって。

吉田修一って…「パレード」を読んだ方はわかると思うのですが、

フツウの中に潜む恐ろしさというのを描くのがめっちゃ上手いですよね~。

「悪人」を読むと、

一体何が善で何が悪なのか?

本当の「善」とは「優しさ」とは、何だろう?

そして、「悪人って誰だ?」 と、最後の一行。考えさせられちゃいます。


私たちは、誰しも内面に「悪」を持ちながら…

足を踏み外さないように綱渡りしながら生きているのかもしれません…?


吉田修一やるなぁ~!!!


そしてこちらも↓やるなぁ~!!!

ビョーク 「Declare Independence」




中国当局から法的措置?? ビョークは悪人か?
2008.03.10 Mon l 本・アート・音楽・映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
4年に一度の29日を過ごしたにも関わらず、やっぱり2月はまたたく間に去り…

気がつけば、もう3月。

そして、実家での生活がもうすぐ一ヶ月になろうとしています。

そうなんです

ゆうちゃんが実家へ入ったあの日から…家へ帰ることなく実家生活が続いているのです


実は、実家へ帰ってきたのにはちょっとした理由がありまして。。。

「じいちゃん(私の父)の入院」という出来事があったのです。

手術をしなければならない事があり、2週間程度の入院が決まっていました。

命に関わる手術ではないのですが、やはり看病するばあちゃんのことも合わせて心配で、

入院期間中、実家で過ごすことが出来たらいいのになぁ…。という話をしていました。

ゆうちゃんにも、「じいちゃんの病院へお見舞いにいかない?」と誘ったりしながら実家へたどり着いたのでした。

すると、ハットキョウとゆうちゃんの記事で書いたように、実家へ入ってくれたのです。


もしかしたら…

ゆうちゃんは、私たちが話していることを全部聞いていて、理解していて、実家で過ごすことにしたのかもしれない?

聞いてないようでわかっていないようで…本当は全部わかっていて、でもそれを上手く表現できないのが

ゆうちゃんの苦しさなのかもしれないな…と思った出来事だったのです。

東田直樹


ゆうちゃんと同じように、会話が出来ず、態度で表現することも出来ず、一見何もわかっていないように見えるのですが、

本当は全部を理解していて、そして理解していることを「文字で表現」している男の子。

それが、「自閉症の僕が跳びはねる理由」を書いた東田直樹くんなのです。

NHKで特集されたこともあるのでご存知の方も多いかと思いますが。

直樹くんは、一見何もわかっていないよう(一般に言われる重度の自閉症)に見えます。

会話は出来ないし、突然ピョンピョンと飛び跳ねたり、手を叩いたり、奇声を発したり…。といった少年です。

しかし、彼は「筆談」というコミュニケーション方法を取得し、その方法で自分の気持ちを表現できるようになったのです。

質問形式にまとめられたこの本。

もしかしたら…本人を見ると、本当にこんなことが書けるのか?と疑ってしまう人がいるかもしれません。

でも、もし、ゆうちゃんが何らかのコミュニケーション方法を持っていたならば、

きっと同じような事を思っているだろうなぁ~と思うことが沢山書かれているのです。

読んで考えさせられることもいっぱいありました。

是非、たくさんの人に知って欲しいな、考えて欲しいな、と思うことがあるので、本から抜粋して載せてみますね。



どうして上手く会話できないのですか?

僕も話せないのはなぜだろうと不思議に思っていました。
話したいことは話せず、関係のない言葉は、どんどん勝手に口から出てしまうからです。
僕はそれが辛くて悲しくて、みんなが簡単に話しているのがうらやましくてしかたありませんでした。
思いはみんなと同じなのに、それを伝える方法が見つからないのです。
僕達は、自分の身体さえ自分の思い通りにならなくて、じっとしていることも、言われた通りに動くこともできず、まるで不良品のロボットを運転しているようなものです。
いつもみんなにしかられ、その上弁解もできないなんて、僕は世の中のすべての人に見捨てられたような気持ちでした。

僕達を見かけだけで判断しないで下さい。
どうして話せないのかはわかりませんが、僕達は話さないのではなく、話せなくて困っているのです。
自分の力だけではどうしようもないのです。
自分が何のために生まれたのか、話せない僕はずっと考えていました。
僕は、筆談という方法を始めて、現在は、文字盤やパソコンによるコミュニケーション方法を使って
自分の思いを人に伝えられるようになりました。
自分の気持ちを相手に伝えられるということは、自分が人としてこの世界に存在していると自覚できることなのです。
話せないということはどういうことなのかを、自分に置き換えて考えて欲しいのです。



「話せないということはどういうことなのかを、自分に置き換えて考えて欲しいのです」

とっても考えさせられる一言です。



小さい子にいうような言葉の使い方がわかりやすいですか?

僕達だって成長いているのに、いつまでたっても赤ちゃん扱いされます。
あまりにぼくたちの見かけが幼いからだと思いますが、赤ちゃん扱いされるたびに僕はうんざりするのです。
赤ちゃんに話すように言い聞かせれば僕達が分るとおもっているのか、その方が
僕達が喜ぶと思っているのか、よく分りません。
僕が言いたいのは、難しい言葉を使って話して欲しいといってるのではありません。
年齢相応の態度で接して欲しいのです。
赤ちゃん扱いされるたびに、みじめな思いになり、僕達は永遠に未来訪れないような気がします。
本当の優しさというのは、相手の自尊心を傷つけないことだと思うのです。


これは、最近私が一番感じていたこと。

ゆうちゃんは、4月にはもう中学生。

出来ないことはたくさんあるけれど、内面はしっかりとした12歳であることを感じます。

直樹くんが言うとおり、「赤ちゃん扱いにはウンザリ」といった様子が見て取れるのです。


視覚的なスケジュール表は必要ですか?
予定は予定であって決定でないと分っていますが、一度決まったことが守られないのが納得できないのです。
僕は、変更も仕方ないと分っています。それでも、脳が僕に『それはダメだ』と命令するのです。
だから、僕自身はあまり時間やスケジュールを視覚的に表示することは、好きではありません。
それで、落ち着くように見えても、実際はしばられているだけで、
本人は全ての行動を決められている、ロボットみたいだと思うのです。

これは、スケジュールや時間に関して、視覚的に表示しない方がいいということで、
予定は前もって話してもらった方が良いのです。
視覚的に示されると強く記憶に残りすぎて、そのことに自分を合わせる事だけに意識が集中していまい、変更になるとパニックになってしまいます。

変更したことを再度視覚的に表示すればいいのでは。という人もいるでしょう。
それは違います。
スケジュール自体を絵などで表示しないで下さい、ということなのです。
なぜかというと、やる内容と時間が記憶に強く残りすぎて、今やっている事がスケジュールの時間通りに行われているかどうかが、ずっと気になるからです。
僕も気になって時間を確認しすぎたり、やっていることが楽しめなかったりします。

聞くだけだと、よく分っていないように見られます。
何度も同じ質問するかも知れませんが、そのうちなれて聞く回数も減ってきます。
時間がかかることですが、僕はその方が本人にとっては楽だと思うのです。
もちろん、手順やモノについての説明、作り方などは、視覚的に絵や写真を使って教えてもらった方が助かります。
でも、修学旅行や郊外学習などは、あまり現地の写真を見せられると楽しみが減ってしまいます。


随分前に、ティーチプログラムという記事でも書きましたが、

私は今でもティーチ推奨の人は、あまり好きではありません。

ティーチを全面否定しているわけではありませんが、間違った理解の仕方をしている人が多いのです。

本人が動きやすくする為に取り入れるのであって、周りが本人を動かそうとして取り入れるのは違っている…と私は思うのです。


「自閉症の僕が跳びはねる理由」/東田 直樹 

ぜひ、たくさんの人に読んで欲しい一冊です。
2008.03.07 Fri l 今日のゆうちゃん l COM(9) TB(0) l top ▲
昨日、10kmのロードレースを走ってまいりました

今回4度目の参加となるこのレース。

今年は、54分24秒で完走いたしました。

このレース。10kmロードレースと名うっていますが、実測11kmでして…。

(走った事のない方には、10kmだろうが11kmだろうが、どっちでもいい事だと思いますが

1km=5分!!を目標にしている私にとっては、とっても大事な事なのですぅー!


今回、膝が痛くならないように、気をつけながらの走りだったのですが、

このタイムで完走できたのは大満足です。



そろそろ、マジで距離を増やしたくなってきました。

近場でハーフマラソンがあればいいんだけどなぁ~
2008.03.03 Mon l マラソン l COM(2) TB(0) l top ▲
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