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仲間が、 大阪でひとやすみプロジェクト というのを立ち上げました。


東北の子どもたちに大阪でひとやすみしてもらいませんか?

福島原発事故による放射性物質の放出が続く中、

福島県内の子どもたち、若者、妊婦さんたちの健康が心配される状態が続いています。

福島県内のあちこちで高い放射線量が観測されているのは新聞やテレビで報じられているとおりですし、

政府は「安全だ」と言うけれども本当だろうかと多くの保護者たちが心を痛めています。

福島の子どもたちと放射線被曝の問題は、

20ミリシーベルト問題で内閣参与の小佐古敏荘氏が抗議の辞任をしたことでも大きな話題となりました。

成長期にある子どもが放射線の影響を受けやすいことは、国際的に確認された事実です。



原発に対する考え方にはさまざまな違いがあったとしても、

この国に住む大人の責務として、

福島の子どもたちに少しでも健康的で安らげる環境と時間を提供することについては、

みなさんが賛同してくださるのではないでしょうか。

福島から遠く離れた関西に暮らす私たちにいったい何ができるかを語り合う中で、

放射能の影響で不安な日々を送る子どもや保護者を受け入れるショートステイのプロジェクトを立ち上げることを決意しました。


「大阪でひとやすみ」という名前には、

ふるさとへの深い思いやそれぞれのご事情から長期的な移住が困難であっても、

困難な中で心をはりつめた日々を少し離れてちょっとひとやすみをしてもらいたい、

放射能の不安のない場所でゆっくりと心身を休めてもらいたい、そんな思いをこめました。

福島原発の報道に一喜一憂する大人たちを見つめながら必死に耐えている子どもたち、

実際に放射線量が高い地域に暮らす子どもたち、

放射能汚染による公園の使用制限などのために十分な遊びの機会がもつことができない子どもたち。

同じ国に住む大人として、彼らと手をつなぎたいと思います。

ホストファミリーとして子どもを受け入れてくださる方、

親子で来られる方のために部屋を提供してくださる方、学習のお手伝いをしてくださる方、

外出時の引率や遊び相手になってくださる方、そのほかさまざまな人手が必要となります。

また、このショートステイを継続的な取り組みとするため、6月より賛同金へのご協力も呼びかけていきます。

震災復興支援等でなにかとご負担の多い中でたいへん恐縮なのですが、こちらもご検討いただければ幸いです。

 どうか皆様のお力をお貸しください。なにとぞよろしくお願いいたします。



まずは、「現状を正しく知る」ことから、

いわき市の小学校の先生を招いての報告会があります。

私ももちろん参加します。

このプロジェクトに賛同しご協力してくださる方がいらっしゃいましたら、

私、もしくは、大阪でひとやすみプロジェクト にある連絡先までご連絡頂ければ、と思います。

どうかよろしくお願い致します。



福島原発に隣接するいわき市に暮らす小学校の先生からの報告   
       私が体験した原発震災
地震、津波、そして放射能と隣り合わせの日常の中で

       2011年6月25日(土)

時間 :1時30分~4時 (開場1時15分)

場所 :大阪市立市民交流センターなにわ 202号室

(大阪環状線「芦原橋」駅下車、南口改札を出て道なりに南へ 100m)

講師 :下山田富戸さん (いわき市在住 小学校教員)

ゲスト:末田一秀さん  (はんげんぱつ新聞編集委員)

参加費:800円

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2011.05.31 Tue l BF研 l COM(6) TB(0) l top ▲
驚くことがあった。

昨日、ここに視覚障がい者「森田正樹さん」のことを書きましたが。

今日、毎月我が家に届く

"「障害」児・者の生活と進路を考える会"の機関紙

「考える会通信 2011年4月号」が届き、

なにげに目を通していてビックリして固まってしまった。


なんとそこには、森田正樹さんのことが書かれてあり、

信じられないことに、

先月(2011年2月月7日)お亡くなりになられていたのです。

享年45才。 

2才と4才のお子さんを残してのことだと書かれてあり、

信じられなくて、何度も読み返してしまいました。

なんなんだろう。この偶然の知らせは。



私が森田さんとお会いしたのは、一度だけ。

箕面市の職員をされていた森田さんは、

大学の「障害者と人権」という講義のゲスト講師として来られていて、

講義後、みんなでお茶をしながらざっくばらんにお話をさせてもらったのが2005年の出来事。

たった一回、6年も前にお会いしただけなのだけれど、

その印象はとても強くて、森田さんの言葉はずっと私の心に残っていました。

昨日書いたことの他に、森田さんは、ご自身のことをこんな風に語っておられました。


  目が見えない事は、不便ではあるけれど
 
  目を見えない事を含めての自分だから・・・

  今の自分は不幸ではありません。

  もちろん目が見えたら違った世界かもしれないけれど、

  目が見えれば幸せか?と言われると・・

  目が見える自分だったら、違った自分だったかもしれない。

  もちろん、「障害があってよかった」なんて言うつもりはない。

  時々、無性に何かが見たくてたまらなくなる時だってある。

  でも、見えない事も含めての自分だから・・・

  今の自分は幸せです。




人間的で自分に正直でとても魅力的だった森田さんの言葉は、ずっと私の中に残っていました。

私の記憶に残っているように、

きっとまわりの沢山の方に影響を与えられていた方なのだと思います。

もしかしたら、私と同じように森田さんの死を知らずに、

どこかで森田さんの言葉を思い出しておられる方がいるかもしれません。

「森田さんの告別式は、多くの知人友人が集まる中行われた。」と書かれてありました。

森田さんはいなくなってしまったけれど、

きっと大勢の方の記憶の中に、ずっと生き続けていかれるのではないかな、と思います。

出会えたことに心から感謝し、ご冥福をお祈りいたします。
2011.03.29 Tue l BF研 l COM(0) TB(0) l top ▲
先日、総合護身武術 「躰全道」(たいぜんどう)」

宗家:廣木 道心(ひろき どうしん )さんのお話を聴かせて頂きました。


まず「躰全道」とは、

空手、柔術、剣術などの日本の武道、さらに中国拳法・ムエタイなど、

様々な武術を修得した後、廣木さん自らの修行体験の過程から生み出された総合武術。

詳しくは、躰全道のHP → こちら を読んでみて下さい。


こうして、あらゆる武術を習得し総合武術を確立した彼が、さらに研究を深められていかれたことが、

障害児・者のパニック時の誘導法の研究。

躰全道による総合武術としての実用法と、障害児・者のパニック時の誘導法を融合し、

技術の研究において一定の成果をまとめられたのです。

「自己護身」 から→ 「自分も他人も傷つけない」ことを目的とした 「自他護身」 へ。


自分も他人も傷つけない。

相手を傷つけずに、相手の動きを止める。 


その方法を、「極意」とせず、福祉や日常生活の実生活のサポートになるよう現在活動中なのです。



パニックになって自傷や他傷する子どもの動きを止めようと、

必死になって力づくで押さえ込んだ経験のある人は、少なからずいらっしゃると思います。

そんな時、暴れている人をどうすれば、その人を傷つけずに動きを止められるのか。

例えば、噛み付こうとする子どものどこをどう押さえることが出来たら、

その行動を止めることができるのか。


また、重度の障害などで身体が動かない人を支えるとき、

どんな風にすれば自分(支える側)への負担を最小限に出来るのか。


一つ、教えていただいたことは、

大切なのは「イメージ」なのである。ということ。

例えば、車イスを押すとき、どうしても押している手に力が入ってしまいますよね。

そんな時、

「車輪の先が自分の手だと思うようにする」

イメージするのです。

すると、車イスを押している手への負担が減るのです。


武術を極めるのに大切なことは、「力の流れの使い方」なのだそうで、

剣術では、剣を握っている部分に力を入れるのではなく、

剣の先端を自分の手だと感じながら剣を使うのだそう。


人間の身体は、<心=身体>なので、イメージを先行させることで、力の入り方が全くかわってくるのです。


そんな「極意」を知っていると、日々の生活が少しラクになるのではないでしょうか。

いや、知っているのと知らないのとでは、大違い!かもしれません。



これらは、廣木さんご自身があらゆる実践と経験、理論を研究されて生み出されたもの。

ただ、廣木さんが「パニック時のサポート」という事に関しておっしゃるには、

相手を傷つけずに、動きを止めることが出来たとしても、これは「対処法」に過ぎないということ。

パニックなどの行動には、何らかの理由があるはず。

まずは、その行動を止める対処法があり、

「なぜ、そのような行動をしたのか?」という理由を考えることが必要であり、

そして、その後どのようにしていくのか?と考えること。

この3つが揃ってこそのサポートである。と。



おっしゃるとおり。

2時間ほどお話をお聴きしたのですが、「すごい、すごーい!」と、納得することばかり!

私自身、まだまだ教わりたいことばかりですので、ぜひ道場へ足を運びたいと思っています。


道場は数箇所で開かれています。

興味ある方は、上に書きましたHPへアクセスしてみてください。


追記 :現在の「躰全道」は、自他護身の技術をより深めることを目的とした

      「護道」(ごどう)という新たな名称に変更されています。

     護道オフィシャルサイトはこちら→http://go-do.net/index.html
2009.06.25 Thu l BF研 l COM(2) TB(0) l top ▲
今日は、牧口一二さんの講義を聴きました。

NHKのTV番組 きらっといきる に出演されている車イスの牧さんです♪

私は、牧口さんのお話が大好き。いつもぐっと心に響いてきます。

牧口さんは、いつもとても正直。飾らない。かっこつけない。

どんな質問にも、正直にかっこつけずに本当の気持ちを聞かせて下さいます。


「障害を持つ」という事は・・・本当に不幸ではないのですか?
 
本当は、障害はあるよりない方がいいんじゃないですか?


牧口さんは、学生さんからのこんな質問にも正直な気持ちを語って聞かせて下さいます。


確かに、障害はあるよりない方がいいと思う。

でもね。人間である限り、障害者がいない世の中なんてあり得ないのです。

自分自身は、障害者でも健常者でもどちらでもいいと心から思ってる。

では、「なぜそう思うのか?具体的に教えて欲しい。」と言われても、

それは、言葉では上手く表現できません。

言葉で現せないコトもある。という事を知って欲しい。

言葉にならないものの価値。

言葉で表現できなくても、絵や歌で表現する事だってある。

世の中には、目に見える事や手に触れることだけが真実ではないのです。

決して言葉だけに頼らないで欲しい。


でも、その反面、言葉の大切さのエピソードも話して下さいました。


ある学校で、車イスの転校生を紹介する時に、

「車イスで歩いている○○さんです!」 と紹介した先生がいたという話。

ほとんどの人が、車イスの事をマイナスイメージで話す人が多い中、

そんな先生の言葉を聴いて、

第一声ってとても大切やな。言葉って、時にはすごく大切なんだと思った。

という話をして下さいました。



言葉の大切さと、言葉に出来ない・目に見えないモノの大切さ。

どちらかに偏ることなく、どちらも大切にしていけるよう、これからも心にとめておきたいです。






2006.05.13 Sat l BF研 l COM(2) TB(0) l top ▲
精神科医:仲野 実先生の講義を聞きました。

講義の中の話を一つ。

「アソシアシオン」と「プロダクシオン」

どちらもフランス語で、「関係づける」と「生産」という意味。

人の働きには、この二つがある。 生産性のないモノと生産性のあるモノ。


例えば・・・こんな歌。

『夕日遠く金にひかれば 群童は目をつぶりて 斜面をころがりたけり』


・・・遠く金色に光ながら落ちていく夕日の中。

子ども達が、斜面を転がりながら楽しそうに遊んでいる様子を歌った

斉藤茂吉の歌。



この歌は、まさしく「アソシアシオン」!!

子ども達に、生産性はなく、ただただ斜面を転がって遊んでいる。

しかし、それは、生産性がなくとも人間としてとても大切な事。

必要な事であり、人間の活動の基本なのです。

もし、これが、、、

「明日までに、10回斜面を転がってきなさい」という宿題だったとしたら・・・

それは、子ども達にとって、楽しい事ではなくなり、生産性のある「プロダクシオン」となってしまいます。


人には、生産性のない「アソシアシオン」が必要なのです。

精神障害の治療の場合も「アソシアシオン」を必要とするのだそうです。


ゆうちゃんを育てる中、、私がずっと大切にしてきたこと。

それはまさしく「アソシアシオン」

みんな、なぜ目先の成果や結果ばかり求めるのだろう?

訓練をして成果を出す事より、目に見えない大切なもの。

私は、目に見えない事の方がずっと大事だと感じるのです。


地域の学校でみんなの中で学ぶ事もそう。

そこには、目に見えない大切なものがいっぱいいっぱいあるのです。

4年生になり、うーんと成長したゆうちゃんを見ていると

「アソシアシオン」の大切さ。とっても感じるのでした。





2005.12.05 Mon l BF研 l COM(2) TB(0) l top ▲
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