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昨日、大阪教育大学名誉教授:竹田契一先生の講演会

 『発達障がいの児童・生徒は

  どこでつまずくのかどう支援するのか』

へ出かけてきた。

(会場の受付のお手伝いを兼ねて講演を聴かせて頂いた)


竹田先生、いま大人気のようで会場は申込者(450名)で満席。

キャンセル待ちまで出る大盛況ぶり。

教師向けの講演会だったので、そのほとんどが学校関係者。


話の内容は、とても分かりやすく面白く、

“寸劇”まで交えて、

「発達障がい」がどんなものかを説明してくれる。


例えば、寸劇の一つを紹介すると、

病院での一シーン。

ドクターとお母さんが会話している隣で、子どもが退屈げに待っている。

そこでお母さんが、子どもに声をかける。

「○○くん、先にいってエレベーターよんどいて!」

すると○○くんは、「うん!わかった!」といって外へ出てエレベーターの前にやってくる。

そこで彼は、エレベーターに向かって声を上げる。

「エレベーター!」

「エ、レ、ベー、ター!!」

「エ、レ、ベー、ターさぁ~ん!」

そこへお母さんがやってくる。

「○○くん!何やってるの!!」


「お母さんがエレベーターよんどいてって言うたから、呼んでたんよ。


というオチなわけ。

「これは、吉本をやっているわけではないんですよ。

 実際にこういった出来事が日常的にあるんですよ。」と先生はおっしゃる。


・発達障がいの子どもは、ことばを字義通りに解釈する。

・ウラの意味がわからない。

・発達障がいの子どもに、「一を言って十を知る」ということは絶対にありえない。



先生の話は、本当に分かりやすくて具体的で、(実際の事件なんかも取り入れて話して下さるので)

“発達障がい”を理解するには、素晴らしい講演であり、素晴らしい先生であると思う。


ただ、私が気になることは、講演を熱心に聴いている先生方のことだ。

“発達障がい”のことを理解しようとしてくださる事は、もちろんうれしい。

でも、間違わないでほしいな、と思うことは、「マニュアル」を作らないでほしいということ。

こういう講演会へ行くたびに感じることは、

「あー、これを聴いて、“発達障がい児への対応の仕方”というマニュアルを作る人がいなければ良いんだけど」

という不安。


そんな、モヤモヤした気持ちを感じながら、

☆いんくる~しぶ・は~つ☆ の Kiyokoさんのブログを覗いたら、

こんなことが書かれてあった。


・・・

子どもがそこにいて、何が必要で、どうすればいいか。
子ども自身が教えてくれる。
周りの子たちも教えてくれる。

子どもからの出発。
答えは子どもの中にある。

インクルーシブ教育
「ともに生き、ともに学ぶ」教育に
マニュアルはない。

・・・


うんうん、そうだよなぁ。

 「子ども自身が教えてくれる」


“発達障がい”を理解してくださることはもちろんとてもうれしいことなのだけれど、

まずは、その子本人を知ろうとしてほしいな、って思う。

「発達障がいの子どもはこうだ。」と、決めてかかるのではなく、

一人一人の子どもから関わり方を探していってほしいな、って思う。

その為の引き出しの一つに、竹田先生の話を加えてもらえることを私としては願います。



最後に、竹田先生はこんなこともおっしゃられていました。


『どんなに良い関わりをしたとしても、

 生徒との関係ができていなかったら、その関わりは上手くはいかない。

 生徒との信頼関係を作ることが一番大切』と。

竹田先生のHPは→こちら
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2010.08.26 Thu l おしゃべりMother's l COM(0) TB(0) l top ▲
自閉症は視覚優位!

『ティーチプログラム』の影響で、こう思う人が最近増えてきました。

自閉症に限らず、人間って誰しも視覚優位なんじゃないでしょーか?

例えば、、、


        

      「左をみよ」

と言われても、、右を見てしまいません??

だから、、自閉症の人にも視覚で働きかける方が、分かりやすい!って事はあると思うんです。

でもね。

「ティーチプログラム」を聞きかじった人の中に、大きく間違った使い方をする人が多いのです。


今日の『おしゃべりMother's』でのお話を一つ。

(おしゃべりMother's詳細は↑クリックしてね)

自閉傾向のある小学4年生の男の子。

彼は、○ × にこだわりがあり、否定的な×は大嫌い。

それを利用した先生は、

座席にきちんと座っていられるように、× のカードを作ったそう。


そして、席を立ってはいけない場面では × を取り出し、、

× は嫌でしょ。席にちゃんと着いていたら  ね。」を繰り返したそうです。

×」が大嫌いな彼は、「」にしてもらいたい為に、必死に席についていた様子。

もちろん、席にずっと座っていられた事は、とても偉かったので、

とっても褒めてもらって帰宅したそうですが・・・。



夜、お風呂に入っている時に突然、 「×はいやぁぁぁ~~」と泣き出したそう。

びっくりしたお母さんが先生に聞いて、この○×カードの存在が発覚したそうなのです。


これって、間違っていると思いません?


『ティーチプログラム』の目的は、本人が社会で生きていきやすくする為に使うものであって、

「周りの人間がやりやすいように、カードを使って本人を動かす」

なんて、本末転倒もいーとこです。
 
この場合、

ただ、× が嫌だから席を立たない(立てない)ことになってしまって、

「なぜ、今、席を立ってはいけないのか?」

という本来理解しなくちゃいけない事から、全くかけ離れたものになってしまっているのです。

幸いにも、この先生は、間違いに気づいて下さり、カードの使用を止めて下さったそうなのですが、

一番!たちが悪いのは、

「カードを使って動いている事が、本人の為になっている!」と勘違いする人。

この男の子の場合、嫌だった事を(どんな形であれ)ちゃんとお母さんに伝える事が出来たから良かったけれど・・

伝えられなかった場合。  いつまでも、この状況は続き、、

先生は、この状態を「ティーチの成果」だと思い込み、勘違いは大きくなっていくのです・・・。



人間誰しも、便利さ、楽さ、を望むものだと思います。

でも、絶対、子育てに、それを望んではいけないのではないでしょうか。

見た目に上手くいってる事や、すぐに成果が出るものには、

ついつい飛びついちゃいたくなるのが人間です。

でも、目に見えないものや、上手くいかない事こそ、大切に時間をかけて育てていきたいなぁ・・・と思うのです。
2006.02.07 Tue l おしゃべりMother's l COM(16) TB(0) l top ▲
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